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曲を作ったり小説を書いたりしています。

ワンルーム (泉まくらオマージュ)

失恋休暇と称して仕事休んで二日目な私を勝手だと言うならアイツには勝手より上の強い言葉が必要になるな。
このままじゃダメな気がするとか、もう好きか分かんないとか、あーだこーだ言ってたけど、理由なんてどうだっていい。どっちにしても私に抵抗する術はなかった。

「あーあ」

ワンルームに響く私のため息は軽くてすぐに換気扇に吸い込まれていったけど、アイツが生きていた痕跡は二日居なくなったからって自然に消えてはくれないみたいで、必ず視界に入ってくるから一旦目を閉じる。
そもそも無理があるんだよワンルームで二人暮らしなんて。目を瞑ったまま大の字になって勢いよく倒れて床に寝そべっても手足が物に当たらなかった。宇宙にいるみたい。言い過ぎか。
アイツが実家から持ってきて、その日しかやらなかった古いゲーム機は、なんだかノスタルジーの象徴みたいで本来の目的からかけ離れた存在になってて可哀想だから貰ってあげようかなと思い、また涙が出てくる。
「そうか失恋か」

アイツはもう日常だった。
付き合いたてこそ、毎日好きとか大好きとか本当に好きとか言ってくれてたけど、いつしかそんなの言わずもがなで当たり前の存在になってた。あーでも私にとってはで、アイツにとっては違ってたのかもなあ。

フラれたのも、私にとっては突然だったけど、アイツにとっては少しずつ準備してたのかも。言ってよ。「今少しずつ別れる準備してるからよろしく」って。無茶か。

「別れよう。ごめんな。もう決めたことだから。」

思い出すだけで鳥肌が立つほど勝手な台詞だけど、失恋ってそう言うものなのかも。やったもん勝ちか…

あー本当に終わった。私の人生。

これは言い過ぎじゃない。人生は日常の積み重ねで、その日常が終わったんだから、人生が終わった。

でも死ぬわけにいかないから部屋を片付けるけど、捨てるか迷うアイツの私物が出てくる出てくる。
中には高そうな電動シェーバーとか、サイズの大きい皮靴とかもある。これは返さなくちゃ。
それから、逆に無いものもあった。アイツの影響で聞き始めたクリープハイプのTシャツ(メンバーのサイン入り)、アイツは冷めちゃってたけど私はずーっと好きで多分今では私の方が聞いてる。ライブにも一人で行くつもりだった。
とりあえず、ちょっと緊張するけど連絡してみる。

『置いてった荷物どうすんの?』

こんな短い文章だけど考えるの30分もかかった!辛い!

ピコン

あ、意外と返事早い。

『あー今度取りに行くよ』

えーうちに来るの?それは無理。怖いから。

『いや、そんなに量ないからどこかで待ち合わせして渡す!明日の14時に渋谷のスクランブルのTSUTAYA下でいい?あと私のクリープのTシャツ持ってない?』

『渋谷ね了解。え、持ってるけど…いらんやろそんなん。』

いやいや。いるかいらないか決めるのは私。そしている。絶対にいる。

『それ明日持ってきて。じゃ。』

なんなんだし。感じ悪…(それは私かっ)

でも明日会うのか…ちょっと楽しみでもあるし、苦しいな。泣かないようにサクッと済ませよ。


そして久しぶりにちゃんと夕食食べてちゃんとお風呂入ってちゃんと寝る。

「お待たせー。土曜日の渋谷は人多いね!何食べる?」とアイツ。
「えーなんでもいいけど、あんまり食欲ない。」
「じゃあカフェで軽い感じにしよっか!」
「私はいいけど、お腹空いてるんじゃないの?」
「俺はカフェでボリュームあるやつ食べるよ!それより昨日弟がまたタバコ吸ってるの親にバレて怒られてさあ~」

へえー意外と普通に会話できるじゃん。
するとセンター街の向こうで突然、ピーターパンのようなコスプレをしてる男が大きな剣を振りかざして通行人を斬り付けた。斬られた通行人は首から脇の下にかけて襷(たすき)のような切り口で二つに裂かれて道に落ちた。
私は何が起きたか脳で理解が追い付かず体が固まる。
そんなことが起きているのに周りの人たちは全く動揺することなく歩き続けている。
アイツが数歩前から立ち止まった私に振り向く。
「え?どうしたの?なにか食べたいもの思い付いた?」
「それどころじゃないよ!逃げなきゃ!」

私はアイツの手を取るもアイツは動かない。
「逃げるって、なにからよ」
そんなこと言ってる間に男は次々と通行人を斬り付けながら私達の方に近付いてくる。
男の緑のコスプレが赤く染まり、後ろには死体が連なる。でも誰も気に止めない。

「あの男ヤバいよ!!こっちに行こ!!」
私はアイツの腕を脇に抱えて無理矢理引っ張る。男がもう10mくらいの場所に近づいたところでアイツがマイペースに動き出す。
「え、なになに目的地あって歩き出してる?俺知らないよそっちにカフェとか」
「いいから!!!」
センター街の横の細くて暗い道に抜けると、さっきまでいたセンター街を男が通り過ぎて行ったのがわかった。こっちは気付かれてない。
「なんなのよもう!!!」
「何を怖がっているの?君は」
「見てたでしょ!?男が無抵抗の通行人を切り裂いて歩いてきてたのを!」
「うん」
えぇ!?
「なんで逃げないのよ!」
「だって、やったもん勝ちなんだから、諦めるしかないじゃん。ごめんな。もう決めたことだから。」
そう言うとアイツが剣を私に振りかざして来た。
終わった。

ワン!ワンワン!
犬?

すごい夢…
汗もかいたしシーツ洗濯しなくちゃ…
犬の鳴き声のアラームを消して夢を振り返る。フラれた三日前が夢だったのかピーターパン男が夢だったのかよくわからなくなる。また犬が鳴き出す。スヌーズ

変な夢のせいか、割りと何にも考えないで身支度をして家を出る。
古いゲーム機は持ってこなかった。
イヤホンを付けるけど音楽を流す気にはならない。できの悪い耳栓と邪魔な線。

13時50分。
土曜日の渋谷スクランブル交差点。
露出の多い服を着たギャル。太ってて腕のタトゥーが派手な白人女性。濃いめのチークに金髪でわけわからない服着てる小さい女の子。馬鹿そうな男たち。スキニージーンズにTシャツにスニーカーの私。人。人。人。
今日は皆幸せそうだ。
ピーターパン男に殺されちゃえばいいのに。

13時59分
キョロキョロしてしまう。

14時05分
キョロキョロしてしまうけどいない。別れて三日でもう顔忘れちゃったのかも。

14時10分
ピコン
『ごめん電車遅延してて10分遅れる』
もうその10分も過ぎてるよ馬鹿。

14時30分
汗が頬をつたった時にアイツが来た。
いつもは笑顔で待ち合わせるアイツの無表情で知らない顔。
「ごめんな。」
何回謝るんだよムカつくな。
「はいこれ。あと写真とか欲しい?捨てていい?」
「あ、え?うん。ごめん」
本当にもう!!
「じゃ。」
帰ろう。
「あ、あの、これ」
渡してきたビニール袋にはクリープハイプのTシャツ。危ない危ない最大の目的を忘れるところだった。
「うん。じゃ。」
「また、ね?」
「うん。じゃ。」

やばい。涙が上がってきてる。
急いでアイツに背を向けて帰路へ。
またイヤホンを着けるけど、今音楽聞いたら悲しい思い出と関連付けられて今後もう聞けなくなりそうだからまた何も流さない。
できの悪い耳栓と邪魔な線。

「あーあ。皆今日は幸せそうだね。渋谷なんて大嫌い。」
恐らく普通の声量で言った独り言だけど、誰にも聞こえていない。

こんなにたくさんの人間がいるのに。

今ピーターパン男が現れても、私はもう逃げないよ。

ドラッグストアに寄っていくつもりだったけど無心に集中してたら忘れて家まで着いちゃった。

翌日、今日こそドラッグストア行くつもりだったけど、寝てたら宅急便が来てたことに気付かなくて、再配達依頼したけどなかなかこなくてシャワーも浴びれず、結局夕方に配達着たけどもうやる気なくなって今日も一歩も外出なかった。


宇宙みたいな私のワンルーム
日常の無くなった私のワンルーム
さようなら。私の人生。

失恋休暇が終わってそれから一年二年と経って、私はさっぱり恋愛しなくなった。
特に避けてるつもりもないけど、純粋に求めてないのだ。

その間にも仲の良い女友達と台湾に旅行に行ったり、実家で年を越したり、可愛がってたつもりの後輩が突然何も言わずに辞めちゃったり色々あったけど、恋愛はさっぱり。
果敢にも私に挑戦してこようとする男性はいたけど、出鼻をくじくように冷えた対応をしてしまう。いつの間にかもう恋愛の始め方が分からなくなる。

「結婚して、夫の赴任先のオーストラリアに行くことになりました。海外での生活に不安もありますが、ここでの経験を活かして夫婦二人三脚で頑張って行こうと思います!今まで本当にお世話になりました!」

パチパチパチパチ

後輩が寿退社した。外資系でもないただの中小企業の事務職OLの経験をどう海外の専業主婦業で活かすんだか…

給湯室で朝礼を思い出してコーヒーを入れてると、同期入社の子が数名やって来た。
「お疲れー!先越されたねー!でも海外って凄いよね夫何者なのよ!」
「日本人ではあるみたいだけどね、街コンだってさ。事務の経験を存分に活かして海外でも美味しいコーヒーでも入れて欲しいもんだね。」
同じこと思ったふふふふふふふふふふ

今でもたまにアイツのことは思い出す。
連絡は取り合ってないけど、友達の話だとあの後に地元の子と付き合ったらしく、その子が嫉妬深くて女の子の連絡先は全部消されたらしい。くだらな。

あの時は人生終わったと思ったけど、どうやら終わってないみたい。
変わらないのが日常だと思ってたけど、変わるのも日常で、最近の私には変わる方の日常が足りない気がする。

でもあの日変わらない日常を求めることにして、それが人生だと思ってたから、まあ自業自得だけど直す気もない。

いつかピーターパン男が私を切り裂くだろう。
準備もさせてもらえずに突然。

でも今日ではないみたいで、歩くだけで汗が吹き出る帰路を行き、帰宅して私を待ってくれているのは愛し扇風機さん。あーあーうーあー

あー暑いね夏は。
冬は寒いんだろうね。
アイツがいても、いなくても。
恐らく。